疾病ごとの労災認定基準
-精神障害・自殺(過労自殺)-
疾病ごとの労災認定基準は下記の通りです。
1.新認定基準
平成23年12月26日、これまでの心理的負荷による精神障害の労災請求事案についての労災認定基準であった「心理的負荷による精神障害の業務上外に係る判断指針」(以下、「判断指針」といいます。)が廃止され、新認定基準が公表されました。
厚生労働省通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」参照
今回の改正の主な趣旨・目的は、精神障害の労災請求件数が、近年、大幅に増加(平成10年度:42件→平成22年度:1181件)している一方で、事案の審査については平均8.6か月と長期化しているという背景を踏まえ、審査を迅速化・効率化することにあり、内容的には判断指針のときより詳細になって分かりやすくなった印象です。
2.認定要件
新認定基準においては、
- 要件①
- 対象疾病を発病していること
- 要件②
- 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 要件③
- 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと
という三つの要件で判断することになっています。
大まかにいって、精神障害を発病し(認定要件①)、その6か月以内に強いストレスを伴う仕事上の出来事があって(認定要件②)、仕事以外のストレスや重度のアルコール依存症などの個体側要因が原因ではないこと(認定要件③)が要件となっているのです。
3.自殺の場合の取り扱い
認定基準では、前記2の認定要件3つにより業務により精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、「精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める」とされています。
すなわち、自殺の前に精神障害を発症していれば「故意の自殺」とはいえず、仕事上のストレスが原因でその精神障害を発症しているのであれば、自殺も仕事上のストレスが原因といえるという考え方です。
ここには、自殺は自ら選択したものではなく、選択する力を奪われた状態で引き起こされたものであり、精神障害の病態の一つとして捉えるという考え方があるのです。


4.対象疾病と発症時期の特定(認定要件①)自殺の場合の取り扱い
(1) 労災の対象となる精神障害
認定基準では、国際的な疾病分類である「ICD-10」に基づいて、労災の対象とされている精神障害として下記のものが定められています。
F0 | 症状性を含む器質性精神障害 |
---|---|
F1 | 精神作用物質使用による精神および行動の障害 |
F2 | 統合失調症など |
F3 | 気分(感情)障害 ・・・ うつ病エピソードなど |
F4 | ストレス関連障害など ・・・ 適応障害など |
F5 | 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群 |
F6 | 成人のパーソナリティーおよび行動の障害 |
F7 | 精神遅滞(知的障害) |
F8 | 心理的発達の障害 |
F9 | 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害 |
上記のうち、労災のほとんどのケースはF2からF4、特に多いのがF3の系列にある「うつ病エピソード(F32)」だといえます。
(2) 発病の有無の判断
精神障害の発病があったか否かも、ICD-10の診断基準に該当する症状が認められるかどうかで判断されます。判断材料としては、主治医の意見書、診療録、請求人や関係者からの聴取内容等とされています。
一般の方には、精神科などに通院して診断を受けていなければ、精神障害の発病があったといえないのではないかと思われがちです。しかし、たとえ精神科で治療歴がなくても、関係者からの聴取内容などから医学的に推定される場合には発病したものとして取り扱うものとされています。ですから、自殺の前に精神科を受診していなくても、一度専門の弁護士に相談していただくことが大切です。
新認定基準でも、うつ病エピソードなどは周囲が気付きにくい精神障害であると言及されています。遺族としても、特に医学的知識がある訳はないですから、ご家族として生前に精神障害の兆候に気付くことができなかったとしても、気付けなかったと考えて自分を責めることは決してありません。
ですが、今から振り返ってみれば、少し元気がなくなっていたなとか、食欲が落ちていたなとか、寝つきが悪いと言っていたなとか微妙な変化を思い出すことがあります。それがまさにうつ病のサインであり、発病の判断にとって大切な情報となりますので、打ち合わせで一緒に思い出していきましょう。
うつ病エピソードを例にとって説明すると、ICD-10の診断ガイドラインに記載されているうつ病の症状として以下のようなものがあります。
典型的症状
抑うつ気分、興味と喜びの喪失、活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少
その他の一般的な症状
- 集中力と注意力の減退
- 自己評価と自信の低下
- 罪責感と無価値感
- 将来に対する希望のない悲観的な見方
- 自傷あるいは自殺の観念や行為
- 睡眠障害
- 食欲不振
その他にも、診断ガイドラインには明記されていませんが、例えば、頭痛がしていた、肩こりがひどくなっていた、下痢や便秘になっていた、寝汗をかいていたなどの身体症候もありますので、専門の弁護士に相談してください。
(3) 発病時期の判断
精神障害・自殺の労災認定では、発病の時期の判断が極めて重要ですので、慎重に検討する必要があります。
なぜなら、対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められることが要件とされており、発症後の出来事は原則として評価の対象とされないからです。
このような構造になっているため、発病の兆候について漫然と供述してしまうと、そこを発症時期とされてしまい、その後に強いストレスの伴う仕事上の出来事があっても、まったく考慮されなくなってしまうおそれがあります。
ただ、判断指針のときと違って「強い心理的負荷と認められる出来事の前と後の両方に発病の兆候と理解し得る言動があるものの、どの段階で診断基準を満たしたのかの特定が困難な場合には、出来事の後に発病したものと取り扱う」とされていますので、発病の兆候が出来事前後にまたがっており微妙なケースであれば、厳密な特定にそれほど拘泥する必要がなくなる可能性があります。
5.業務による心理的負荷の評価の判断(認定要件②)
(1) 精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められることが必要です。
- 考慮される仕事上の出来事は精神障害の発病前おおむね6か月の間のものに限定されていること
- 当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が、客観的にみて精神障害を発病させるおそれのある強い心理的負荷があると認められること
という2点がポイントです。
aについて、原則として、発症の6か月前までしか遡らないのですが、例外的に、いじめやセクシャルハラスメントの場合、発病前6か月よりも前に開始されていて、発病前6か月以内の期間にも継続している場合には、開始時からのすべての行為を評価の対象とすることとされています。
bについて、心理的負荷(ストレス)の強度は、新認定基準の末尾に「別表1」として添付されている「業務による心理的評価表」を指標として、「強」、「中」、「弱」の三段階で評価するとされています。
厚生労働省通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」別表1参照
別表1で「強」と判断される場合には、業務による強い心理的負荷が認められ、「中」「弱」では認められないことになります。
そして、この心理的負荷の強度について、従来の判断指針では、「出来事」+「出来事後の評価」による2段階評価がなされていましたが、出来事+出来事後の1段階の総合評価に変更となりました。ここは今回の改正の大きな特徴の一つといえます。
(2) 判断手順
ア. 特別な出来事がある場合
別表1に記載の「特別な出来事」がある場合は、それだけで、総合評価は「強」と判断されます。
ここでは、「心理的負荷が極度のもの」として、例えば、生死にかかわる重大なケガを負わせたことや強姦を受けたことなど、「極度の長時間労働」として、発症直前1か月に160時間以上、発症直前3週間におおむね120時間以上の時間外労働を行ったことが挙げられています。
イ. 特別な出来事がない場合
別表1の「特別な出来事」に該当する事実がない場合、次の手順で心理的負荷の強度を判断していくことになります。
- 具体的出来事の平均的な心理的負荷を別表1に従いⅠ、Ⅱ、Ⅲで判断する
- 具体的出来事が別表1の具体例に合致すれば、それによって評価する
- 具体例に合致しなければ「心理的負荷の総合評価の視点」「総合評価における共通事項」に基づき、事案ごとに評価する。
例えば、営業社員が営業ノルマを達成できていなかったという事情があった場合、これは別表1の9に記載されている「ノルマが達成できなかった」に該当します。
この出来事の平均的な心理的な負荷の強度は、「Ⅱ」とされています。
次に、別表1の9の欄に記載されている各具体例に合致する事情がないか見ていきます。
経営に影響するような大幅な業績悪化につながる営業ノルマの不達成があり、しかも、それによって部長から課長に降格処分を受けた場合などは、「強」とされることになります。
6.長時間労働の心理的負荷
(1) 出来事としての評価
今回の改正では、1か月に80時間以上の時間外労働を出来事として評価していることは特徴的です(平均的心理的負荷の強度はⅡ)。
また、この出来事の「強」に該当する具体例として、
- 発症直前の連続した2か月間に、1か月当たりおおむね120時間以上の時間外労働+業務内容が通常その程度を要するもの
- 発症直前の連続した3か月間に、1か月当たりおおむね100時間以上の時間外労働+業務内容が通常その程度を要するもの
と明記しています。
なお、厚労省職業病認定対策室に問い合わせたところ、「おおむね120時間以上」というのは、各月において120時間を上回る必要があり、平均で上回っていてもダメだということです。
(2) 恒常的な長時間労働
1か月100時間程度の時間外労働を恒常的な従来の長時間労働と位置付けていることは、従前の行政による運用と同じといえます。ただ、新認定基準では、「強」と判断できる場合として次のように記載しています。
- 1か月100時間程度の時間外労働を恒常的な従来の長時間労働と位置付けていることは、従前の行政による運用と同じといえます。ただ、新認定基準では、「強」と判断できる場合として次のように記載しています。
- 出来事前に月100時間+「中」+出来事後おおむね10日以内の発症or事後対応に多大な労力=「強」
- 出来事前に月100時間+「弱」+出来事後に月100時間=「強」
今回、厚労省職業病認定対策室に実務要領(労基署調査官のマニュアルのようなもの)を行政文書開示請求で取り寄せました。その実務要領には、「『出来事前』、『出来事後』そのそれぞれの期間について、時間外労働が100時間となる月(30日)が1回でもあれば、当該期間について『恒常的長時間労働があった』と評価する」とされています。
したがって、出来事前後に月に100時間程度の残業が1回でもあれば(しかも起算日は任意の日)労災認定される可能性が高くなっているといえます。
この点は、今回の改正で認定されやすくなった点といえるので、あきらめずに時間外労働時間数を調査をすることが大切です。
ただし、②で出来事後10日以内の発症などは、判断指針のときより要件が厳しくなっているといえるので、やはり発症時期には注意をしたいところです。
7.出来事が複数ある場合
これまでは、複数の出来事があっても、それで出来事の強度が高まることはないとされていましたが、新認定基準では、出来事の数、各出来事の内容、各出来事の時間的な近接の程度によっては、「中」が複数ある場合に、「強」となる可能性があることを認めているのが特徴的です。
8.業務外の心理的負荷及び個体側要因(認定要件③)
今回の改正の目的である迅速化などのため、調査を簡略化。専門検討会では、チェックリスト等の定型文で実施し、かかる調査や主治医などから顕著な事情が認められれば詳細を調査するということになっており、ここの調査はかなり簡略化されるでしょう。
9.精神障害の悪化の業務起因性
新認定基準では、発症後増悪の場合について、別表1の「特別な出来事」があり、その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合という極めて例外的なケースのみ認めるものであり、発症後増悪のケースについては、今後も行政訴訟が多く提起されることが予想されます。
10.専門家の意見聴取
以前は、すべての事案について、精神科医の合議体である専門部会に意見を諮ることとされていましたが、 今回の改正では、専門部会を開催する事案として、
- 自殺事案
- 新評価表にあてはめて「強」に該当するのか判断できない、
- 「強」に該当するが業務外の顕著な事情がある
- その他高度な医学的検討が必要と判断した事案
として専門部会に諮る案件をかなり限定しています。このことで、自殺以外の案件については、審査期間が短縮される効果はあると思われます。
11.終わりに
以上みてきた新認定基準の内容を図示すると下記のとおりです。


今回の新認定基準の内容は、審査期間の短縮が図られておりますが、改正前の判断指針より労災認定されやすくなっているところと、労災認定されにくくなっているところがあると思います。
ただ、審査期間が短縮されること自体は望ましいことですし、判断指針ができる前よりは格段に認定されやすくなっていることは確かです。
それでも新認定基準の内容はいまだに複雑ですし、遺族や被災者が自分だけの力で改正のポイントに注意しつつ、労災申請・調査活動をし、認定を勝ち取ることには大きな困難が伴います。
ご家族の自殺の原因に仕事があるのではないかと思わるようでしたら、是非、一度ご相談いただけたらと思います。